念願だった北海道鉄道一周旅行をしたはなし

December 31, 2024

はじめに

理由など特にないですが、雑に旅行記をしたためることにします(n回目)。

一週間の休みを錬成することに成功したので、かねてから行きたいと思っていた北海道の旅に出ることにしました。せっかくなら鉄道全制覇も挑戦してみたかったですが、観光も合わせると1週間では少し無理があるなと感じたので、無理せず行きたいところを巡りつつざっくり一周する旅にしようと思いました。また、これはたまたまなのですが友人に影響されてカメラを買ったので、写真撮影も楽しめればいいなと思っていました。

これは一通り書き終わった後の感想ですが、書き切るまで2ヶ月もかかってしまいました。難産でした。もはや自分でも言いたいことが分かりませんが、書き残すことに理由などないので。自分が旅行での出来事を思い出すきっかけになればいいのです。

ざっくり目的

  • 北海道を鉄道で一周する。
  • 最北端・最東端をそれぞれ訪れる。最北端の駅として稚内駅、最北端の地として宗谷岬。そして最東端の駅として東根室駅、最東端の地として納沙布岬です。
  • 音威子府村と北海道命名の地は行ってみる。せっかくなら音威子府そばも現地で食べてみたいなぁ。
  • 宿は安いところを選び、その代わりに食事には予算を設けない。好きなもの食べよう!
  • 写真はまぁ…ほどほどに
  • 1日目

    理由あって午後からのスタートです。宗教上の理由で飛行機には乗れないので、まずは新函館北斗駅を目指します。平日ということもあり、乗車の30分前でも座席を選り好みできる程度には空いていました。

    さて、例に漏れず行き当たりばったりの旅なので、移動中に旅程を組み立てます。時間的にも函館で一泊するつもりだったので、安直ですが夜景は見ておきたいなぁと考えました。夜景は函館山展望台から見ることができ、展望台へはロープウェイを利用できることは知っていましたし、意外と夜遅い時間まで便が用意されているということも知っていました。意気揚々と函館ロープウェイの時刻表を調べると、「法定点検のため運休中」という案内が飛び込んできました。…日頃の行いというやつですね。ですが行き当たりばったりの旅なので、切り替えが大事です。幸いにして路線バスが函館駅前から出ていましたが、19:00発が最終便でした。予定では函館駅には18:56に到着なのでヒヤヒヤしながら函館駅を目指します。

    幸いにして遅れもなく到着し、バスに乗り換えられる余裕がありました。函館駅から山頂まで30分弱はかかるので、山頂で夜景を楽しめる時間は10分もありません。そんなことをバスの運転手と話している他のお客さんの会話を聞きながら自分もバスに乗り込みます。函館山では登山道からも夜景が見えるポイントがあります。路線バスでは登山道を走行する際に車内の照明を消して走行してくれるほか、夜景の見えるポイントでは速度を落として走行してくれます。

    山頂はそれなりの混雑具合でした。とはいえ夜景を楽しめないということは全くなく、幾度となく写真でみた夜景を拝むことができました。さて時間は大丈夫かと手元のAppleWatchに目を落としたところで一気に血の気が引きました。なんとオフライン表示になっています。すなわちiPhoneが手元にないことを意味します。

    宿泊予定の宿については大体の位置は覚えていたのがせめてもの救いでした。近くにあった大きなホテルのスタッフの方にお願いして地図を印刷していただき、なんとかホテルに辿り着くことができました。幸いにして写真現像用にとiPadを持ってきていたので、リモートロックや位置情報の確認はできました。先ほど乗車したバスの事務所にあることが確認できたので、明日の朝一で連絡することにします。どっと疲れてしまったので、いくつかピックアップしていたお店はすべて諦め、近くですませようと思いました。幸いにもホテルの近くにはご当地グルメのお店が2つ並んでいました。ハセガワストアの焼き鳥弁当(豚)とラッキーピエロの2つで迷いましたが、泊まっているホテルはドミトリータイプのものだったこともあり、広くはないラウンジで広げるのもどうかと思い、ラッキーピエロのハンバーガーにすることにしました。ご当地グルメということで一度食べてみたかったので、これはこれで満足です。

    2日目

    さて、紛失してしまったiPhoneの回収から一日が始まります。当初の考えでは森駅まで普通列車でのんびりと移動したかったのですが、バス会社の方で電話等受付けていただけるのは9:00〜ということで、それまでは街を散策したり、朝ご飯を食べたりゆっくりすごすことにしました。

    iPhoneを無事に回収することができたので、気を取り直して旅を進めます。とはいえ今回の旅行ではJR北海道が販売している破格の「北海道フリーきっぷ」を利用できるので、さして旅程に影響は出ませんでした。「北海道フリーきっぷ」はJR北海道内の在来線特急列車の普通車自由席が7日間乗り放題になる破格のきっぷです。それだけでもすごいのですが、特急券を追加で購入することで普通車指定席にも6回まで乗車できます。こうしたきっぷのおかげで旅の自由度が上がっているのですが、無理しない範囲で販売され続けてほしいです。

    次の目的地は森駅で、各駅停車でゆっくり移動しようと思っていたのですが、本数の関係上できなさそうだったので6回の指定席権の1回を使って移動します。大沼小沼の景色を眺めながら森駅を目指します。こんな文章を読んでいる旅好きの諸兄らは既にお気づきかと思いますが、森駅での目的はいかめしを買うことです。有名なので説明は省きますが、北海道に訪れた際にはぜひとも食べてみたいものの1つでした。駅の目の前にお店を構える柴田商店さんで購入します。(本当かどうか知りませんが)これが300円程度で買えた時代もあったとのことで羨ましい限りです。

    森駅からは再び北斗号に乗り、伊達紋別駅まで向かいます。次の目的地は伊達紋別駅の1駅となりの北舟岡駅です。十分な時間はあったので伊達紋別駅から歩いて向かうつもりではありましたが、タイミングよくタクシーを拾うことができたため、タクシーで移動しました。

    北舟岡駅は目の前に内浦湾を臨むとても景色の良い駅です。また、晴れた日には有珠山や昭和新山を拝むこともできます。私は海の側にある駅というものが好きなので、北海道に訪れた際にはぜひ立ち寄ってみたいとかねてから考えていました。同業者の方はいらっしゃいませんでしたが、特急の通過や普通列車が停車するタイミングで何人かの方が訪れていました。地元の方も散歩に訪れているようでした。内浦湾の穏やかな波の音が旅情を掻き立ててくれます(個人比)。

    次の目的地は小幌駅です。有名になりすぎたため半分観光地と化している感も否めない駅です。隣の静狩駅にも訪れてみたかったので少し悩みましたが、秘境駅好きを名乗る上で避けては通れない気もしたので小幌駅を訪れることにしました。平日ということもあったのかこの駅でも同業者の方はいませんでした。

    言わずと知れた秘境駅のため今更説明も不要かと思いますが、小幌駅には舗装された道などは続いておらず、鉄道以外で訪れる難易度がかなり高い駅です。駅からいくつか伸びている道もありますがいずれも獣道です。それらを下ることで文太郎浜など海岸に降りることができます。ただ今回は滞在時間は40分しかないため諦めることにしました。誰もいない秘境駅をゆっくり満喫できました。秘境駅と呼ばれる駅の中では比較的に人気観光地化しているとはいえ、自分以外に誰もいない静寂に包まれた小幌駅では、非日常の時間を存分に味わうことができました。

    小幌駅からは札幌駅を目指します。日が暮れようとしていたので、特急ワープを使ってもよかったのですが、1日で3回も使ってしまうのは少しもったいない気もしましたし、幸いにもこの区間は列車の本数も多く、普通電車のみで移動したとしても1時間ほどしか変わらなかったため、普通電車で移動することにします。東室蘭、苫小牧と経由して札幌に移動します。この日は札幌で一泊することにしました。個人的には旅先でご飯を食べる店を探してフラフラ歩き回る時間が嫌いではなかったりします。中日もなかびだったのですが札幌の街は予想以上に賑やかでした。

    3日目

    札幌駅からのスタートです。留萌本線や日高本線といった路線にも乗ってみたかったのですが、平日のうちに宗谷岬に訪れたかったため、この日のうちに稚内まで移動することにします。6回の指定席権を1回消費し、宗谷号で稚内を目指します。JR北海道では一部の特急列車でアイヌ語での案内放送を行っているようでした。

    名寄駅を過ぎ、いよいよ宗谷本線の深淵部に差し掛かります。この区間では車窓から広がる風景が一変し、北海道らしい広大な自然が顔を出します。緑豊かな山々、時折見える静かな川、そして無人駅が次々と現れ、そのすべてがどこかノスタルジックで心を掴みます。自分の宗谷本線の知識は2020年で止まってしまっていたため、想像よりも多くの駅が廃止となっていたことに驚きを隠せませんでした。中でも豊清水駅のホームが跡形もなく撤去されていたのが印象的でした。

    宗谷本線には訪れてみたい駅がいくつもあり、今回の旅行で1駅くらいは訪れたいなと思い時刻表とにらめっこしているうちに、抜海駅の廃止の方針が出されていることを知りました。廃止の方針を示したJR北海道に代わり稚内市が維持費用を負担していましたが、その負担も2024年度末を持って取りやめとする方針が出された模様です。今日は宗谷岬を訪れるだけにしようと考えていたのですが、稚内駅から比較的近い抜海駅ならその日のうちに訪れられそうだったので、急遽旅程に加えることにしました。

    さて、そんなことを考えながら写真や動画だけでしかみたことのなかった駅が通り過ぎるのを眺めているうちに最北端の駅稚内に到着しました。午前中のうちに到着したので、駅前にある地元で有名なラーメン屋さんでお昼ごはんにします。少し稚内駅周辺を探索したあと、路線バスで宗谷岬に向かいます。平日ではありましたがバスを待っている人の列はそれなりの長さになっていました。地元の人たちの邪魔になっていないかを心配しながらバスに乗りますが、途中からは観光客向けのルートのようで、所々にバス停はあるものの宗谷岬まで一気に向かいます。宗谷岬に到着すると、眼前には果てしなく広がる海が広がり、最北端に立っているという実感が込み上げてきます。冷たい潮風が激しく肌に触れる感覚は、都会では味わえない爽快感です。

    宗谷岬全体を見下ろせる宗谷岬公園からは11Kmにおよぶ宗谷丘陵フットパスコースが整備されており、景色を楽しみながらウォーキングも楽しめるようになっていました。

    宗谷岬からの最終バスで稚内駅へ戻り、日没ギリギリではありましたが、タクシーで抜海駅へ向かうことにしました。タクシーの運転手さんは「あんなところにあってもどうしようもないよね」と半ば呆れながらお話しされていましたが、駅に着くとその言葉が妙に実感として伝わってきました。

    駅舎は外壁の一部が改装されています。自分が訪れた時には既に棒線駅となり、向かいのホームも閉鎖されていました。

    抜海駅は集落に比較的近い印象があったものの、実際には車でそれなりの距離を移動する必要があり、現実的な利用の難しさを感じました。駅の歴史を思うと寂しさもありますが、廃止という決断にも理解が必要だと感じました。カリフォルニアから来た娘症候群ではないですが、私のようなただの秘境駅マニアという部外者が空気を読まず声を荒げて立ち入るべきではない問題なのかなと思います(求められてもいないのに自分から過干渉するのは違うよねという話です)。

    滞在時間は3時間ほどあったので、駅ノートを読みつつひと気の少ない駅舎の中に漂う静寂に身を任せ、心を落ち着ける時間を過ごしました。滞在時間の途中には名寄方面に向かう列車で抜海駅を訪れ、そこから民宿に宿泊する方の姿もありました。恥ずかしながら自分はこの民宿の存在をすっかり忘れてしまっており稚内駅周辺で宿を予約してしまっていたため民宿には泊まりませんでしたが、この場所を拠点に旅を楽しむ人々の存在が印象に残りました。

    稚内駅に着いた後は駅前の宿に泊まりました。夜も遅かったのでセイコーマートでご飯を調達しました。少し離れたところに温泉施設があったので足を延ばしてみました。夜だったので景色は見えませんでしたが日中には稚内港を見渡せる抜群のロケーションだと思います。温泉で旅の疲れを癒しつつ、翌日の計画を頭の中であーでもないこーでもないとぼんやり考えていました。

    4日目

    宗谷本線の駅をいくつか訪れることも考えましたが、かねてから訪れてみたかった音威子府村を目指します。特急サロベツ号に乗って稚内駅を後にします。南稚内〜抜海駅間では、数瞬ではあったものの早朝の日本海に利尻富士が朧げに浮かぶ姿を見ることができました。雲もない澄んだ空の下、少し霧っぽい早朝の日本海に朧げに浮かぶ姿は、想像以上に感動的な風景でした(言葉にならない気持ちは言葉にするべきというアレですね。下手の横好きというやつでもあります)。

    さて、自分の中で音威子府村というのはかなり大きな存在なので当たり前のように流していますが、少しくらいは紹介しておくべきかなと思うので、オタク特有の早口に少々お付き合い願いたく。音威子府村は北海道中川郡に属する「道内で最もちゃんこい村」で、稚内と旭川のちょうど中間あたりに位置しています。歴史的・文化的に重要なスポットがいくつもあり、北海道という名前の命名の地としても有名です。三重県出身の探検家・松浦武四郎がこの地でアイヌのエカシにアイヌ語の「カイ」の意味を尋ねたことがきっかけとなり、今の北海道の元となる「北加伊道」の名が生まれたエピソードは今や多くの人が知るところかと思います。このエピソードは、北海道の歴史を語る上で欠かせないものです。

    音威子府村には、松浦武四郎が命名の由来となったことを記念する碑が天塩川のほとりに建てられています。この碑は、宗谷本線の車窓からも見ることができる静かな場所にあります。筬島駅から歩けば30分ほどで行けるのですが、今回は特急での移動だったため音威子府駅で下車しました。音威子府村に到着するまでは天気が良かったものの、着いてみると急に雲行きが怪しくなり、雨が降り始めました。小雨程度だったものの、遠目に鹿が見えたこと、季節柄熊に遭遇する可能性を排除しきれないこと、大ぶりになる可能性も踏まえて、路側帯しかない道をこれ以上進むのは危険だと判断し北海道命名之地を訪れるのは断念しました。現実的かはわからないですが、レンタカーで向かうのがいいのかもしれませんね。

    音威子府村に戻った後は村の中心部を一通り歩いてみました。昼食にはかねてから気になっていた音威子府そばを食べられないかなと考えていました。音威子府そばは、独特の黒い色合いと香ばしい風味が特徴の、北海道音威子府村を代表する名物そばです。そばの実を殻ごと挽く「挽きぐるみ」という製法により、独特の色合いと風味を実現しています。かつては音威子府駅の立ち食いそば店でも提供され、旅人や地元の人々に愛されていました。しかし、数年前に店主の方が亡くなられたことでお店は閉店し、音威子府そば自体を製造していた製麺所も程なく廃業となってしまい、音威子府そばの生産は一度終わりを迎えてしまいました。

    現在は茨城県茂原市の製麺所で音威子府そばの製法が再現され、その味を現代に伝える取り組みが続けられています。この再現された音威子府そばは、音威子府村のゲストハウスIKEREさんに併設されているお食事処でも楽しむことができます。余談ですが、この再現された蕎麦は東京都は新宿区の四谷にある「音威子府TOKYO」さんでも提供されており、音威子府村の味を東京でも楽しむことができます。気になった人はぜひ訪れてみてください。

    紹介が長くなってしまいましたが、ゲストハウスIKEREさんを訪れてみたところ残念ながらこの日は閉まっていました。とても残念で、この1週間の旅の目的の2トップを断念することになりましたが切り替えが大事です。代わりに村の道の駅を訪れ、そこで昼食をとることにしました。道の駅では地元産の食材を使ったメニューが提供されており、素朴ながら心温まる味を楽しむことができました。

    食事の後は、村に唯一あるスーパーマーケットにも立ち寄りました。ここでは咲来そばや北海道命名の地の名前を冠した羊羹といった地元のお土産をいくつか購入しました。咲来そばは音威子府そばとは異なり、玄そば粉を使った白いそばです。当初の目的のいくつかは叶いませんでしたが、念願だった音威子府村に訪れることができただけでも満足です。先ほど紹介した音威子府そばはそれこそ通信販売を利用すれば全国どこにいても手に入るのかもしれませんが、やはり音威子府村でいただきたいなと思ってしまいます。また訪れようと決意を新たにして、少し後ろ髪をひかれつつも音威子府村を後にします。

    その後は各駅停車で旭川へ向かいます。車窓から広がる風景を眺めながらのんびりとした時間を過ごせました。旭川に到着後は、夕食を求めて街を散策しました。その中で、ふらっと立ち寄った角打ちがとても良かったです。お土産に四合瓶を買ってしまいました。

    滞在は一晩でしたが、とてもいい街だなと感じました。将来住んでみたい街のかなり上位に躍り出た感じがしました。

    5日目

    旅の5日目は、旭川から網走を経由して釧路まで一気に移動する盛りだくさんの日となりました。もう少しゆっくりしたい気持ちもありましたが、早朝に旭川を出発し石北本線に入ります。途中の遠軽駅ではスイッチバックと、駅のすぐ近くにそびえる瞰望岩を見られました。遠軽駅では停車時間がそんなにないのが惜しいですが、幾度となく動画で見た風景を実際に訪れることができて良かったです。

    遠軽を過ぎ、北見峠を経て網走駅に到着したのは昼過ぎ。乗り換えまでの時間を利用して、駅からバスで少し移動したところにある「網走刑務所博物館」を訪れました。ここでは明治期の北海道開拓時代に建設された網走刑務所の歴史や、囚人たちの過酷な生活を垣間見ることができます。木造の建物や復元された監房を見学していると、過去の厳しい環境の中で生きた人々の姿に思いを馳せずにはいられませんでした。どうでもいい余談ですが舎房の外側の壁にある小さな穴に人だかりができていました。アニメ(映画なのかも?)の力はすごいなぁと感じた瞬間でした。

    網走駅を再び出発し、釧路行きの列車に乗車。途中、オホーツク海に最も近い駅として有名な北浜駅に立ち寄りました。

    北浜駅の待合室には誰が始めたのやら、訪れた証に自分の名刺や切符を壁に貼って行くようになり、壁や天井まで埋め尽くされています。ということで自分も名刺を置いてきました。いつか再び訪れた時の楽しみが増えましたね。

    駅舎には停車場という喫茶が併設されています。訪れた時間が夕方だったのでカフェは閉まっていましたが、日中の時間であればランチをいただくことができます。次回また、自分の名刺を探すついでにもっとゆっくり訪れたいと思いました。

    さて、釧路方面の電車に乗って移動を続けます。釧路湿原を通過する頃にはすっかり日が暮れており、窓の外には漆黒の闇が広がっていました。昼間であれば広大な湿原が車窓を彩る区間ですが、次回の楽しみとして取っておこうと思います。釧路に到着したのは夜遅く。この日の宿は駅からほど近いホテルに決めており、チェックイン後は街に繰り出して釧路名物の炉端焼きを楽しみました。好きな食材をオーダし自分で焼くスタイルのお店でした。想像の3倍くらいあったほっけやほっき貝などを堪能しました。自分はかなり少食な方なのですが、この日は自分でも信じられないくらい食べられました。結局閉店の時間まで美味しい海の幸とお酒を満喫していました(一人なのにすみません)。

    6日目

    6日目は釧路から花咲線に乗って、最東端の街・根室を目指します。朝一番の列車に乗るつもりで早起きしたのですが、残念ながらこの日の始発である花咲線快速が車両の故障で運休になってしまいました。

    朝から予定が狂いましたがこれも旅の醍醐味ということで、ホテルに戻ってしばしのんびり過ごすことにしました。一度チェックアウトしたにもかかわらず部屋をもう一度開けていただいたホテルの方に感謝です。

    気を取り直して根室行きの次の列車に乗って釧路駅を出発します。花咲線は「根室本線」の一部ですが、ローカルな雰囲気と沿線の景色が特別で、別名「花咲線」として親しまれています。車窓には太平洋や湿原が広がり、自然の美しさに目を奪われる区間が続きます。特に景色の素晴らしい区間では速度を落として運転してくれます。特に厚岸ー茶内間の景色は有名です。別当賀ー落石間のから見える三里浜の景色も素晴らしいです。のんびりしたペースで揺られるうちに、終点の根室駅に到着しました。

    根室駅からバスに乗り、いよいよ納沙布岬へ向かいます。ここは日本本土で最も東にある岬として知られている場所です。日曜日だったにもかかわらず観光客は少なく、容赦無く吹き付ける風を除けば静かな時間が流れていました(わかる気がしますけどね)。この地ならではの静寂と、果てしない広がりを感じられる貴重な体験でした。

    さて納沙布岬を後にして、最東端の駅・東根室駅に向かいます。根室線の最果ては根室駅ですが、根室線は根室駅の直前で急カーブを描いているので、厳密な最東端の駅は東根室駅になります。まぁそれだけの話なので、帰りは一駅隣から乗りました、というだけの話です。

    というだけの話にしたかったのですが、どうやら東根室駅も廃止されるようでした。こちらは2025年3月のダイヤ改正での廃止が決定されており、結果としては訪れてよかったなぁと思いました。

    根室を後にして釧路に戻り、そこから札幌行きの列車に乗車。長い移動でしたが、車窓を流れる景色(漆黒)とともに旅の余韻を楽しむ時間となりました。途中帯広を通り過ぎました。帯広は今回諦めた場所だったので、次回こそは訪れたいですね。本当は小樽まで足を延ばそうかとも考えていたのですが、札幌でゆっくり過ごすことにしました。小樽まで足を伸ばすことで、明日の函館までの旅程をもうすぐ廃止となってしまう山線区間を乗り通して移動することを考えていましたが、本数の都合上どうしても家に帰るのが終電ギリギリになってしまいそうだったので諦めました。

    この旅行で宿泊するのが最後だったので、予算に今までの宿泊でたまったポイントを追加して、少しいいホテルに泊まることにしました。数日前に訪れた時に気になっていたお店に足を運び、お酒も入ってそこそこナイス(違う)。締めのラーメンなんかも食べ、広々したホテルでゆっくり休みました。余談ですがこうしたちょっといいホテルを直前に予約すると、大抵の場合ツインルームに案内されるので、贅沢な気分になります。毎回ベットを持て余しているのですが、そんなものなんですかね。

    7日目

    7日目は、北海道での最後のひととき。モエレ沼公園に行こうかとも思いましたが、またの機会、できれば夏の季節に訪れる楽しみを取っておくことにしました。札幌駅からは北海道フリーきっぷの最後の1回を使って特急に乗り、新函館北斗駅を目指します。途中、白老駅に立ち寄った際には、アイヌ語のアナウンスを耳にすることができました。この地ならではの文化を感じられる瞬間で、とても興味深かったです。

    そして、北海道の旅を締めくくるべく、新幹線で帰路につきました。雄大な自然と文化、そして人々の温かさを感じた7日間。次に訪れる時もまた新しい発見が待っていることでしょう。知らんけど。

    思ったこと

    今回の旅を通じて感じたことを、少しだけつらつらと、余談として綴ります。

    まず、平日と休日での客層の違いについて。平日は比較的静かで落ち着いた雰囲気が多かったのですが、休日になるとガラッと印象が変わります。特に観光地や人気の路線では、人が増える分だけ思わぬトラブルに遭遇したり、ちょっとした不快な場面に出くわすことも少なくありません。それでも、旅先ではお互いに少し気を配りながら、心地よい時間を過ごしたいものだなと感じました。「鉄道を利用する際にはマニアは最底辺の身分のつもりで振る舞った方がいい」とは誰の言葉でしたか。あまり大げさに謙りすぎるのもどうかと思いますが、どこかでその覚悟をしておいた方が、余計なストレスを回避できるのかもしれません。

    もう一点、旅の途中で感じたのは、カメラを持って電車に乗ると周囲の目線が気になることです。これまでの旅では自分のスマートフォンですら写真を撮ることはほとんどなかったのですが、今回初めていいカメラを持って行きました。写真を撮っていなかった今までは、いいカメラを持った人がベストポジションを狙って車内を動き回っているのをみて正直よくやるななど冷めた目線を送っていましたが、いざ逆の立場になってみると周りの目線が気になって中途半端な行動しかできず、かえって挙動不審になってしまっていた気がします。撮影自体は旅の楽しみの一環で、もちろん他の乗客の方や乗務員の方、ルールやマナーに配慮しているなら問題ないと頭では理解しています。それでもいざ目の前にすると「何してんだこいつ」といった目線を送ってしまう・感じてしまうことが少なくありませんでした。鉄道に関する写真撮影がマナー問題と結びつけられよくない意味で話題になっている背景が多いに影響しているなと個人的には思います。とはいえ、旅を記録し、思い出を残す楽しみもまた大切なものだと思います。周囲への配慮と節度を心掛けつつ、趣味を楽しんでいきたい…と強く思える心の余裕を自分は残念ながら持ち合わせておらず、鉄道旅行にカメラを持って行くのはもういいかな、という結論に至りました。そうなるとこのカメラは何のために買ったんだという話になりますが、在宅用の高級ウェブカメラとしてしばらくは活躍してもらいましょう。完全なる役不足です。

    旅は思い通りにならないことも多いですが、それも含めて旅の醍醐味だと思っています。逆に言えば、そういったところが楽しめなくなってきた時には趣味としての旅のやめ時なのでしょうね。

    おわりに

    初心者が考えた旅程そのものといった行程でしたが、とても充実した旅になりました。とても誰かを連れて行けるような行程ではないですね。写真や動画でしか見たことがなかった土地を実際に訪れることができたのは感慨深いですし、各地の魅力に直接触れることができたのも大きな収穫でした。一方で、今回訪れることが叶わなかった場所もいくつかあり、それが次回の旅の楽しみとなりました。季節ごとに異なる表情を見せてくれる土地ばかりで、折に触れて何度でも訪れたくなるような魅力があります。また近いうちに再び足を運びたいと思います。

    (編集後記)撮った写真をいい感じのサイズにするのがめんどくさかったので、写真は適当です。そのうち付け足すかもしれません。自己満足ですが。